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Ambassador Story:吉川共久さんに会いに、千葉県一宮町にあるAtlantic Coffee Standへ。

Ambassador Story:吉川共久さんに会いに、千葉県一宮町にあるAtlantic C...

こんにちは!少し前の5月。POW BARアンバサダーでもあるプロサーファー・吉川共久さんに会いに、千葉県一宮町にある「Atlantic Coffee Stand」を訪ねました。朝6時のオープンに合わせてお店へ行くと、「おはようございます」と、肩の力が抜けた笑顔で吉川さんが迎えてくれました。   朝6時、波と人が集まる場所 お店がオープンすると、次から次へとサーファーたちがやってきます。 「今日、波どう?」「怪我の調子は?」「この前のトリップ、どうだった?」 コーヒーを受け取ると、自然とそんな会話が始まり、海へ向かう人もいれば、そのまましばらくのんびり過ごす人も。 私は朝6時過ぎから8時頃までお店にいましたが、その間もお客さんが途切れることはありませんでした。ここは、ただコーヒーを買う場所ではなく、人に会いに来る場所。海へ向かう前や帰りににふらっと立ち寄り、コーヒーを片手に言葉を交わし、それぞれの一日が始まっていく。そんな風景が、Atlantic Coffee Standの日常になっていました。 Photo by @soratopapa 14歳で始めたサーフィン、19歳で移住した千葉 吉川さんがサーフィンを始めたのは14歳。そして19歳のとき、「もっといい波に乗りたい」という一心で、地元・愛知県から千葉へ移住しました。 「湘南も考えたんですけど、ちょっといろんな誘惑が多そうだなと(笑)。純粋にサーフィンがうまくなりたかったので、千葉を選びました。一宮町は一年中いい波があって、自然も残っていて、この空気感と距離感がちょうどいいんです」 誰かが急かすわけでもなく、それぞれが自分のペースで過ごしている。海のある町ならではの心地よい時間が、Atlantic Coffee Standには流れていました。 “コーヒーショップ”じゃなく“コーヒースタンド” Atlantic Coffee Standを始めた理由について、吉川さんはこう話します。 「当時、自分が飲みたいコーヒーがまわりになくて。それで自分で始めてみました」 目指したのは、“コーヒーショップ”ではなく、“コーヒースタンド”。 「コーヒーをきっかけに人が話して、また海で会って、いい波を共有する。そんな場所になったらいいなと思って」 この日も、自然に会話が始まり、人が人を呼び、また新しい会話が生まれていました。Atlantic Coffee...

Ambassador Story:吉川共久さんに会いに、千葉県一宮町にあるAtlantic C...

こんにちは!少し前の5月。POW BARアンバサダーでもあるプロサーファー・吉川共久さんに会いに、千葉県一宮町にある「Atlantic Coffee Stand」を訪ねました。朝6時のオープンに合わせてお店へ行くと、「おはようございます」と、肩の力が抜けた笑顔で吉川さんが迎えてくれました。   朝6時、波と人が集まる場所 お店がオープンすると、次から次へとサーファーたちがやってきます。 「今日、波どう?」「怪我の調子は?」「この前のトリップ、どうだった?」 コーヒーを受け取ると、自然とそんな会話が始まり、海へ向かう人もいれば、そのまましばらくのんびり過ごす人も。 私は朝6時過ぎから8時頃までお店にいましたが、その間もお客さんが途切れることはありませんでした。ここは、ただコーヒーを買う場所ではなく、人に会いに来る場所。海へ向かう前や帰りににふらっと立ち寄り、コーヒーを片手に言葉を交わし、それぞれの一日が始まっていく。そんな風景が、Atlantic Coffee Standの日常になっていました。 Photo by @soratopapa 14歳で始めたサーフィン、19歳で移住した千葉 吉川さんがサーフィンを始めたのは14歳。そして19歳のとき、「もっといい波に乗りたい」という一心で、地元・愛知県から千葉へ移住しました。 「湘南も考えたんですけど、ちょっといろんな誘惑が多そうだなと(笑)。純粋にサーフィンがうまくなりたかったので、千葉を選びました。一宮町は一年中いい波があって、自然も残っていて、この空気感と距離感がちょうどいいんです」 誰かが急かすわけでもなく、それぞれが自分のペースで過ごしている。海のある町ならではの心地よい時間が、Atlantic Coffee Standには流れていました。 “コーヒーショップ”じゃなく“コーヒースタンド” Atlantic Coffee Standを始めた理由について、吉川さんはこう話します。 「当時、自分が飲みたいコーヒーがまわりになくて。それで自分で始めてみました」 目指したのは、“コーヒーショップ”ではなく、“コーヒースタンド”。 「コーヒーをきっかけに人が話して、また海で会って、いい波を共有する。そんな場所になったらいいなと思って」 この日も、自然に会話が始まり、人が人を呼び、また新しい会話が生まれていました。Atlantic Coffee...

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POW BAR PEOPLE:ヨコバタケ(美容師)

POW BAR PEOPLE:ヨコバタケ(美容師)

POW BAR PEOPLEでは、POW BARを日常の中で楽しんでくださっている方たちの仕事、暮らし、食べ方などをご紹介。山や海、街や旅先、仕事の合間や朝の時間。それぞれのライフスタイルや、食との向き合い方などをお伝えしていきます。 「忙しい日にも、手軽においしい選択を。」 東京と大阪を拠点に活躍する美容師のヨコバタケさん。サロンワークはもちろん、ブライダルやヘアメイクの仕事で全国を飛び回っています。まとまった休憩をとる時間がなかなかとれない毎日の中で、食事とはどんなふうに付き合っているのでしょうか。今回はヨコバタケさんに、日々のお仕事スタイルと食べることについてお話を伺いました。 Words & photos by Yuki M.Switzerland photo by yokobatake Q. 美容師として活動されているヨコバタケさんですが、ご自身のお仕事スタイルについて教えてください。 もともとは大きな美容室に勤めていたのですが、5年前に独立しました。今は共同経営のサロンで働きながら、東京と大阪の二拠点で活動しています。だいたい1〜2ヶ月に一度、1週間から10日ほど大阪へ行く生活で、そのほかにもブライダルやヘアメイクの仕事で全国へ出張することがあります。 Q. 移動も多いとのことですが、一日はどんなスケジュールで過ごしていて、食事はどうされているんですか? 平日はお昼頃からお客様の予約が入っているので、その1時間前くらいにお店に入って準備をしています。基本的にマンツーマンで施術をしていて、1日に担当するのは3〜5名くらい。片付けを終えて家に帰るのは、夜9〜10時になることが多いですね。 まとまった休憩時間はほとんどなくて、カラーやパーマの待ち時間に少し口にする程度なんです。朝食と昼食を兼ねたような食べ方になっていて、おにぎりやパン、お菓子など食べやすいものを少しずつつまんでいます。「おいしいから」というより「食べやすいから」選んでいる、という感覚に近いかもしれません。 マンツーマンで仕事をしているぶん、自分が体調を崩すとお客様にご迷惑をかけてしまうので、体調管理はすごく大事だと思っています。添加物の多いものを食べ続けると身体が重く感じたり、カラー剤で手荒れしやすくなったり。食べるものって、やっぱり身体に影響するんだなと感じています。 その中でも、「おいしくて身体にいいもの」を食べたときは、体調も気分も違うなと思いました。忙しいからこそ、そういうものを選びたいと思っています。 Q. POW BARとの出会いを教えてください。食べてみて、どんな印象でしたか? アウトドアショップやセレクトショップで見かけたり、友人に教えてもらったりして知りました。最初は「エナジーバー=運動するときの補給食」というイメージだったので、正直そこまで味には期待していなかったんです。 でも食べてみたら「おいしい」というのが第一印象で、普通におやつとして食べたいなと思いました。甘いものが欲しくなる時ってありますが、お菓子ばかり食べるのは少し罪悪感がありますよね。POW BARは自然な甘さなので、その罪悪感が少なくて済むんです。...

POW BAR PEOPLE:ヨコバタケ(美容師)

POW BAR PEOPLEでは、POW BARを日常の中で楽しんでくださっている方たちの仕事、暮らし、食べ方などをご紹介。山や海、街や旅先、仕事の合間や朝の時間。それぞれのライフスタイルや、食との向き合い方などをお伝えしていきます。 「忙しい日にも、手軽においしい選択を。」 東京と大阪を拠点に活躍する美容師のヨコバタケさん。サロンワークはもちろん、ブライダルやヘアメイクの仕事で全国を飛び回っています。まとまった休憩をとる時間がなかなかとれない毎日の中で、食事とはどんなふうに付き合っているのでしょうか。今回はヨコバタケさんに、日々のお仕事スタイルと食べることについてお話を伺いました。 Words & photos by Yuki M.Switzerland photo by yokobatake Q. 美容師として活動されているヨコバタケさんですが、ご自身のお仕事スタイルについて教えてください。 もともとは大きな美容室に勤めていたのですが、5年前に独立しました。今は共同経営のサロンで働きながら、東京と大阪の二拠点で活動しています。だいたい1〜2ヶ月に一度、1週間から10日ほど大阪へ行く生活で、そのほかにもブライダルやヘアメイクの仕事で全国へ出張することがあります。 Q. 移動も多いとのことですが、一日はどんなスケジュールで過ごしていて、食事はどうされているんですか? 平日はお昼頃からお客様の予約が入っているので、その1時間前くらいにお店に入って準備をしています。基本的にマンツーマンで施術をしていて、1日に担当するのは3〜5名くらい。片付けを終えて家に帰るのは、夜9〜10時になることが多いですね。 まとまった休憩時間はほとんどなくて、カラーやパーマの待ち時間に少し口にする程度なんです。朝食と昼食を兼ねたような食べ方になっていて、おにぎりやパン、お菓子など食べやすいものを少しずつつまんでいます。「おいしいから」というより「食べやすいから」選んでいる、という感覚に近いかもしれません。 マンツーマンで仕事をしているぶん、自分が体調を崩すとお客様にご迷惑をかけてしまうので、体調管理はすごく大事だと思っています。添加物の多いものを食べ続けると身体が重く感じたり、カラー剤で手荒れしやすくなったり。食べるものって、やっぱり身体に影響するんだなと感じています。 その中でも、「おいしくて身体にいいもの」を食べたときは、体調も気分も違うなと思いました。忙しいからこそ、そういうものを選びたいと思っています。 Q. POW BARとの出会いを教えてください。食べてみて、どんな印象でしたか? アウトドアショップやセレクトショップで見かけたり、友人に教えてもらったりして知りました。最初は「エナジーバー=運動するときの補給食」というイメージだったので、正直そこまで味には期待していなかったんです。 でも食べてみたら「おいしい」というのが第一印象で、普通におやつとして食べたいなと思いました。甘いものが欲しくなる時ってありますが、お菓子ばかり食べるのは少し罪悪感がありますよね。POW BARは自然な甘さなので、その罪悪感が少なくて済むんです。...

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Ambassador Stories:更科有哉さんに会いに、札幌のイベントへ。

Ambassador Stories:更科有哉さんに会いに、札幌のイベントへ。

POW BAR Ambassador Story:更科有哉さんに会いに、札幌のイベントへ。更科さんといえば、日本を代表するアシュタンガヨガ指導者のひとり。クラスの中で教えてくださったのは「ヨガは自分を知ること」ということ。そして、ヨガで身体や心を整えることそのものが目的ではない、ということ。「整えることは大事。でも、その先で何をするかがもっと大事なんです」ということでした。  

Ambassador Stories:更科有哉さんに会いに、札幌のイベントへ。

POW BAR Ambassador Story:更科有哉さんに会いに、札幌のイベントへ。更科さんといえば、日本を代表するアシュタンガヨガ指導者のひとり。クラスの中で教えてくださったのは「ヨガは自分を知ること」ということ。そして、ヨガで身体や心を整えることそのものが目的ではない、ということ。「整えることは大事。でも、その先で何をするかがもっと大事なんです」ということでした。  

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POW BAR PEOPLE:山﨑喜宏さん(GREEN FOOD CAMPER 料理人)

POW BAR PEOPLE:山﨑喜宏さん(GREEN FOOD CAMPER 料理人)

POW BAR PEOPLEでは、POW BARを日常の中で楽しんでくださっている方たちの仕事、暮らし、食べ方などをご紹介。山や海、街や旅先、仕事の合間や朝の時間。それぞれのライフスタイルや、食との向き合い方などをお伝えしていきます。 "おいしくて、体にいい"、無理しない食の心地よさ。 湘南の海の近くに暮らしながら、GREEN FOOD CAMPERの料理人として、拠点を持たずにイベントやマーケット、フェスなどでプラントベースやオーガニックの食事やドリンク、スイーツを届けている山﨑喜宏さん。食との出会いから、これからつくりたい場所のことまで、ゆっくりお話を聞きました。 Words & photos by Yuki M.Additional photos by GREEN FOOD CAMPER Q. 今の活動を始めたきっかけは? いつか夫婦でカフェみたいなお店をやりたいという気持ちは、ずっとあったんです。「じゃあ大切な友達やお客さまにどんなごはんを出したいかな」と考えた時に、体にいいものがいいなと思って。自分たちは全然ジャンクフードで育ったんですけどね(笑)、そこからマクロビとかローフードを知って勉強し始めました。 ローフードを21日間続けるという体験をした時に、体が軽くなったり、頭がすっきりしたりと、すごく変化があって。食べるもので体だけじゃなく、思考やマインドも変わるんだということを、そこで初めてちゃんと感じましたね。 Q. 最初はどんな活動から始まったんですか? 最初は近所の小さなイベントやマーケットへの出店でした。妻がグリーンスムージーを出して、僕がグルテンフリーのスパイスカレーを作ったり。 そのあとご縁があってキャンピングカーを手に入れて、大きめのフェスにも出るようになりました。当時は、フードトラックでプラントベースやオーガニックをやっているお店が本当に少なくて。「自分たちがイベントに行った時に食べたいものがない」という感覚が、そもそもの出発点でもありましたね。 Q.  メニューづくりで大切にしていることは? ずっとあるのは、「肉を使わずに、どれだけおいしくできるか」ということ。肉を使うなら、別にうちじゃなくてもいいと思っていて。植物性の素材だけでも、ちゃんと満足感があって、おいしいものを作りたい。スパイス料理が好きなので、最近だとカオソーイとか。東南アジア系の料理は、僕らが暮らす湘南の海近くの空気感にも合う気がしています。 あと、麹や発酵調味料がすごく好きで、玉ねぎ麹や醤油麹を自分たちで仕込んだりもしています。昔からある日本の発酵文化って、やっぱり体にいいなと思うし、そういう伝統をつないでいきたいという気持ちもありますね。...

POW BAR PEOPLE:山﨑喜宏さん(GREEN FOOD CAMPER 料理人)

POW BAR PEOPLEでは、POW BARを日常の中で楽しんでくださっている方たちの仕事、暮らし、食べ方などをご紹介。山や海、街や旅先、仕事の合間や朝の時間。それぞれのライフスタイルや、食との向き合い方などをお伝えしていきます。 "おいしくて、体にいい"、無理しない食の心地よさ。 湘南の海の近くに暮らしながら、GREEN FOOD CAMPERの料理人として、拠点を持たずにイベントやマーケット、フェスなどでプラントベースやオーガニックの食事やドリンク、スイーツを届けている山﨑喜宏さん。食との出会いから、これからつくりたい場所のことまで、ゆっくりお話を聞きました。 Words & photos by Yuki M.Additional photos by GREEN FOOD CAMPER Q. 今の活動を始めたきっかけは? いつか夫婦でカフェみたいなお店をやりたいという気持ちは、ずっとあったんです。「じゃあ大切な友達やお客さまにどんなごはんを出したいかな」と考えた時に、体にいいものがいいなと思って。自分たちは全然ジャンクフードで育ったんですけどね(笑)、そこからマクロビとかローフードを知って勉強し始めました。 ローフードを21日間続けるという体験をした時に、体が軽くなったり、頭がすっきりしたりと、すごく変化があって。食べるもので体だけじゃなく、思考やマインドも変わるんだということを、そこで初めてちゃんと感じましたね。 Q. 最初はどんな活動から始まったんですか? 最初は近所の小さなイベントやマーケットへの出店でした。妻がグリーンスムージーを出して、僕がグルテンフリーのスパイスカレーを作ったり。 そのあとご縁があってキャンピングカーを手に入れて、大きめのフェスにも出るようになりました。当時は、フードトラックでプラントベースやオーガニックをやっているお店が本当に少なくて。「自分たちがイベントに行った時に食べたいものがない」という感覚が、そもそもの出発点でもありましたね。 Q.  メニューづくりで大切にしていることは? ずっとあるのは、「肉を使わずに、どれだけおいしくできるか」ということ。肉を使うなら、別にうちじゃなくてもいいと思っていて。植物性の素材だけでも、ちゃんと満足感があって、おいしいものを作りたい。スパイス料理が好きなので、最近だとカオソーイとか。東南アジア系の料理は、僕らが暮らす湘南の海近くの空気感にも合う気がしています。 あと、麹や発酵調味料がすごく好きで、玉ねぎ麹や醤油麹を自分たちで仕込んだりもしています。昔からある日本の発酵文化って、やっぱり体にいいなと思うし、そういう伝統をつないでいきたいという気持ちもありますね。...

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Ambassador Stories:金子ケニーさんに会いに、葉山・PADDLERへ

Ambassador Stories:金子ケニーさんに会いに、葉山・PADDLERへ

こんにちは! POW BARのメディア担当のYukiです。これからPOW BARのアンバサダーの方々や、ブランドにまつわるお話を、少しずつ発信していこうと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。 少し前になりますが、POW BARアンバサダー:金子ケニーさんのお店「PADDLER」へ行ってきました。 「PADDLER」は、神奈川県葉山町の日本最大級パドルスポーツ専門店で、アウトリガーカヌーやSUP、サーフカルチャーが自然と集まる場所。お店に入ると、素敵な笑顔のケニーさんとスタッフのなつみさんが出迎えてくれました。 店内は海帰りの人たちがふらっとコーヒーを飲みに来たり、ギアを見たり、仲間と話したり。そこには、私たちがPOW BARを通して届けたい「自然の中で楽しむライフスタイル」が、そのままありました。 今回ケニーさんとお話ししていて、特に印象的だったのが、「POW BARは“エナジーバー”というより、“ギルトフリーなおやつ”に近いかもしれない」という言葉。 「エナジーバー」と聞くと強いイメージを持つ人もいますが、小腹が空いたときやコーヒータイム、車移動の途中など、“おいしいから自然と手が伸びる”、もっと日常に近い存在として、葉山のコミュニティにも少しずつ広がっているのを感じました。 実際に、国内外での移動が多いケニーさんは、いつもバックパックや車にPOW BARを入れてくれているそうです。 「空港に着いてもすぐ食べ物が見つからなかったり、機内食がジャンクだったりすることもある。そんな時に持っていると安心なんです」と話してくれました。 また、アウトリガーカヌーやSUPの練習をする子どもたちの間でも、食べてくれている子がたくさんいるそう。POW BARはちょうどいいカロリーで、自然素材のみを使っているので子どものおやつにもピッタリなんですよね◎ 「葉山の海沿いにはコンビニがほとんどありません。あと、このあたりの親御さんも意識が高くて、“これなら食べてほしい”って思ってくれるんです」と話してくれました。 POW BARは、アウトドアでの補給食や日常のスナックとして生まれたブランドですが、最近は「おいしいから食べたい」という理由で選んでくださる方も増えてきました。アウトドアの時だけでなく、仕事の合間や、移動中、子どものおやつ、朝のコーヒータイムなど、ライフスタイルの中に自然と溶け込んでいく。そんな存在になれたらと思っています。 そして今回の訪問で何よりも素敵だったのは、PADDLERの空気感でした。海があって、人が集まって、自然に会話が生まれて、そこにPOW BARがある。"売る"というより、"好きだから置いてくれている"——そんな感じが伝わってきました。スタッフのみなさん自身が日常的に食べてくださっていることも本当に嬉しかったです。 「うちはコーヒーも出しているんです」と、おいしい一杯を淹れてくれたなつみさん。コーヒーを飲みながらレジ横に並ぶPOW BAR眺めていたら、「お客さんの中にも、コーヒーと一緒に食べながらお話ししていく人、多いんですよ」と、キュートな笑顔で教えてくれました。 これから、ケニーさんたちと一緒に、海が近くにあるライフスタイルなどを、少しずつお伝えしていけたらと思っています。また、葉山で見た景色や、そこで感じたことも、改めてご紹介していきますね!Text & photos by Yuki Masuko--- 金子ケニーSUPブランド「KOKUA」、パドルショップ「PADDLER」代表。18歳までアメリカ・カリフォルニアで育ち、幼少期から海洋カルチャーやパドルスポーツに親しむ。帰国後はSUPレースシーンで活躍し、全日本SUP選手権で数々の優勝を果たすなど、日本を代表するSUPレーサーとして国内外のレースへ参戦。現在は葉山を拠点に、SUPやアウトリガーカヌーを通じて海や自然の魅力を伝える活動を行うほか、子どもたちへの指導やコミュニティづくりにも力を注いでいる。Instagram:...

Ambassador Stories:金子ケニーさんに会いに、葉山・PADDLERへ

こんにちは! POW BARのメディア担当のYukiです。これからPOW BARのアンバサダーの方々や、ブランドにまつわるお話を、少しずつ発信していこうと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。 少し前になりますが、POW BARアンバサダー:金子ケニーさんのお店「PADDLER」へ行ってきました。 「PADDLER」は、神奈川県葉山町の日本最大級パドルスポーツ専門店で、アウトリガーカヌーやSUP、サーフカルチャーが自然と集まる場所。お店に入ると、素敵な笑顔のケニーさんとスタッフのなつみさんが出迎えてくれました。 店内は海帰りの人たちがふらっとコーヒーを飲みに来たり、ギアを見たり、仲間と話したり。そこには、私たちがPOW BARを通して届けたい「自然の中で楽しむライフスタイル」が、そのままありました。 今回ケニーさんとお話ししていて、特に印象的だったのが、「POW BARは“エナジーバー”というより、“ギルトフリーなおやつ”に近いかもしれない」という言葉。 「エナジーバー」と聞くと強いイメージを持つ人もいますが、小腹が空いたときやコーヒータイム、車移動の途中など、“おいしいから自然と手が伸びる”、もっと日常に近い存在として、葉山のコミュニティにも少しずつ広がっているのを感じました。 実際に、国内外での移動が多いケニーさんは、いつもバックパックや車にPOW BARを入れてくれているそうです。 「空港に着いてもすぐ食べ物が見つからなかったり、機内食がジャンクだったりすることもある。そんな時に持っていると安心なんです」と話してくれました。 また、アウトリガーカヌーやSUPの練習をする子どもたちの間でも、食べてくれている子がたくさんいるそう。POW BARはちょうどいいカロリーで、自然素材のみを使っているので子どものおやつにもピッタリなんですよね◎ 「葉山の海沿いにはコンビニがほとんどありません。あと、このあたりの親御さんも意識が高くて、“これなら食べてほしい”って思ってくれるんです」と話してくれました。 POW BARは、アウトドアでの補給食や日常のスナックとして生まれたブランドですが、最近は「おいしいから食べたい」という理由で選んでくださる方も増えてきました。アウトドアの時だけでなく、仕事の合間や、移動中、子どものおやつ、朝のコーヒータイムなど、ライフスタイルの中に自然と溶け込んでいく。そんな存在になれたらと思っています。 そして今回の訪問で何よりも素敵だったのは、PADDLERの空気感でした。海があって、人が集まって、自然に会話が生まれて、そこにPOW BARがある。"売る"というより、"好きだから置いてくれている"——そんな感じが伝わってきました。スタッフのみなさん自身が日常的に食べてくださっていることも本当に嬉しかったです。 「うちはコーヒーも出しているんです」と、おいしい一杯を淹れてくれたなつみさん。コーヒーを飲みながらレジ横に並ぶPOW BAR眺めていたら、「お客さんの中にも、コーヒーと一緒に食べながらお話ししていく人、多いんですよ」と、キュートな笑顔で教えてくれました。 これから、ケニーさんたちと一緒に、海が近くにあるライフスタイルなどを、少しずつお伝えしていけたらと思っています。また、葉山で見た景色や、そこで感じたことも、改めてご紹介していきますね!Text & photos by Yuki Masuko--- 金子ケニーSUPブランド「KOKUA」、パドルショップ「PADDLER」代表。18歳までアメリカ・カリフォルニアで育ち、幼少期から海洋カルチャーやパドルスポーツに親しむ。帰国後はSUPレースシーンで活躍し、全日本SUP選手権で数々の優勝を果たすなど、日本を代表するSUPレーサーとして国内外のレースへ参戦。現在は葉山を拠点に、SUPやアウトリガーカヌーを通じて海や自然の魅力を伝える活動を行うほか、子どもたちへの指導やコミュニティづくりにも力を注いでいる。Instagram:...

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タジキスタン6,026m峰遠征で見つけた、 “食”と“生き方”

タジキスタン6,026m峰遠征で見つけた、 “食”と“生き方”

未知の場所で、自分は何を感じるのか。 そんな期待を胸に、パウバーのスタッフ TOMO(大田倫丈)は、2025年の夏、“世界の屋根”と呼ばれるタジキスタンのパミール高原へ向かいました。目指したのは、標高6,026mのサン=テグジュペリ峰。情報も地図もほとんどない中、頼れるのは仲間と自分の感覚、そして“食”だけ。3週間の遠征で感じたのは、エネルギーの源である”食”の大切さ。そしてその食が”生き方”を形作るということでした。   タジキスタンに決めた理由と経緯 大学で山岳部に入部したことをきっかけに登山を始めました。当時からずっと「いつか6,000m以上の山に登りたい」という目標がありました。多くのクライマーはパキスタンやネパールに行きますが、素晴らしい山はたくさんあるものの、そこに行くアクセスの情報は豊富で、ある意味“整備された冒険”に感じてしまった。それよりも、ポーターやエージェントも使わずに“自分たちで切り開く冒険”をしたいと思いました。 遠征メンバーは3人。大学時代の後輩と、その後輩の山岳会の知人。その方とは初めて行った2月の北岳バットレスの山行で一緒に海外遠征に行くことを決めました。出国は7月28日、帰国は8月30日。実際に山に入ったのは8月7日からで、およそ3週間を山中で過ごしました。 いくつか候補を探す中で出会ったのが、タジキスタンにある一つの山。1960年代に登頂記録が残るのみで、その後の情報はほとんどなし。日本語はもちろん、英語で検索しても何も出てこない。ロシア語でようやくわずかな情報が見つかる程度でした。 だからこそ惹かれたんです。 —— 未知の場所で、自分は何を感じるのか。 目指したのは、タジキスタンのパミール高原に位置するフェドチェンコ氷河。ユーラシア大陸最大の氷河のそばにそびえる、標高6,026mの山です。その名は『星の王子さま』の作者、サン=テグジュペリと同じだと知り、その瞬間「ここしかない」と感じました。まるで物語の続きを探しに行くような気持ちでしたね。   “試行錯誤”の旅 本当に事前情報がなさすぎて、まさに“試行錯誤”の旅でした。首都からカザフスタン経由で入り、そこから車で約12時間。舗装路などほとんどなく、アフガニスタン国境沿いを走りながら道がなくなるまで進みました。 山から約50km離れた最後の村では現地の方の家に泊めていただき、自家製のトマトやきゅうり、平飼い卵をご馳走になったんですが、どれも味が濃くて驚くほどおいしい!そのシンプルな暮らしの中に、“何もないけど、すべてがある”という豊かさを感じました。 村を離れてからは旧ソ連時代の採掘場跡や崩れた橋を越えていったんですが、橋のワイヤーを使って自分たちで渡ったりもしてかなりのアドベンチャー。まるで映画のワンシーンのようでしたね。 ベースキャンプ(BC)は標高5,100m。そこにたどり着くまで約1週間。1人50kgの荷物を息を切らしながら2往復で運びました。途中で熊らしき足跡を見つけたりもしましたが、古いものだったので一安心することも。電波はまったくなく、ソーラーパネルで電気を節約しながら過ごし、天気はGarminのinReachで日本の知り合いから送られてくる情報のみ。限りあるものから自分たちで次の一歩を決めていきました。   山頂アタック — 苦しさの先に見えた景色 山頂へのアタックは1泊2日。テントは持たず、ツェルトのみ。1日目が約20時間、2日目が21時間の行動。しかもそれまで雲ひとつない晴天続きだったのに、初日に限って大雪に見舞われました。岩は雪で埋まり、踏み場がわからない。硬い氷河の斜度は45度以上で、アイゼンもほとんど刺さらない。10歩進むごとに全力疾走した後のように息が上がって。稜線が遠かった。ただただ苦しかった。 それでも、無酸素で登り切りました。山頂は思いのほか広く、どこまでも静かでした。光が薄く雪面に反射して、山々が淡く霞みながらもどこまでも続いている。けれど、その美しさを味わう余裕もないほど空気は薄く、身体の隅々まで疲労が染みていました。太陽は刻一刻と傾き始めている。「山頂に立った」という実感を胸に、戻ることも考えわずか10分で下山を開始。暗闇の中、ロープを頼りに一歩ずつ降りていく時間はまるで永遠のよう。それでも全員が無事に帰ってこられた —— 生きている。   “食”が支えた3週間 今回の遠征では、“食”が大きく支えてくれました。学生の頃から山行に行くたびに、ニキビができたり便秘なったりすることが多々ありました。しかし今回は3週間を通してずっと体調が良かったんです。 行動食はドライフルーツやナッツ、日本から持ち込んだ煎餅、そしてPOW...

タジキスタン6,026m峰遠征で見つけた、 “食”と“生き方”

未知の場所で、自分は何を感じるのか。 そんな期待を胸に、パウバーのスタッフ TOMO(大田倫丈)は、2025年の夏、“世界の屋根”と呼ばれるタジキスタンのパミール高原へ向かいました。目指したのは、標高6,026mのサン=テグジュペリ峰。情報も地図もほとんどない中、頼れるのは仲間と自分の感覚、そして“食”だけ。3週間の遠征で感じたのは、エネルギーの源である”食”の大切さ。そしてその食が”生き方”を形作るということでした。   タジキスタンに決めた理由と経緯 大学で山岳部に入部したことをきっかけに登山を始めました。当時からずっと「いつか6,000m以上の山に登りたい」という目標がありました。多くのクライマーはパキスタンやネパールに行きますが、素晴らしい山はたくさんあるものの、そこに行くアクセスの情報は豊富で、ある意味“整備された冒険”に感じてしまった。それよりも、ポーターやエージェントも使わずに“自分たちで切り開く冒険”をしたいと思いました。 遠征メンバーは3人。大学時代の後輩と、その後輩の山岳会の知人。その方とは初めて行った2月の北岳バットレスの山行で一緒に海外遠征に行くことを決めました。出国は7月28日、帰国は8月30日。実際に山に入ったのは8月7日からで、およそ3週間を山中で過ごしました。 いくつか候補を探す中で出会ったのが、タジキスタンにある一つの山。1960年代に登頂記録が残るのみで、その後の情報はほとんどなし。日本語はもちろん、英語で検索しても何も出てこない。ロシア語でようやくわずかな情報が見つかる程度でした。 だからこそ惹かれたんです。 —— 未知の場所で、自分は何を感じるのか。 目指したのは、タジキスタンのパミール高原に位置するフェドチェンコ氷河。ユーラシア大陸最大の氷河のそばにそびえる、標高6,026mの山です。その名は『星の王子さま』の作者、サン=テグジュペリと同じだと知り、その瞬間「ここしかない」と感じました。まるで物語の続きを探しに行くような気持ちでしたね。   “試行錯誤”の旅 本当に事前情報がなさすぎて、まさに“試行錯誤”の旅でした。首都からカザフスタン経由で入り、そこから車で約12時間。舗装路などほとんどなく、アフガニスタン国境沿いを走りながら道がなくなるまで進みました。 山から約50km離れた最後の村では現地の方の家に泊めていただき、自家製のトマトやきゅうり、平飼い卵をご馳走になったんですが、どれも味が濃くて驚くほどおいしい!そのシンプルな暮らしの中に、“何もないけど、すべてがある”という豊かさを感じました。 村を離れてからは旧ソ連時代の採掘場跡や崩れた橋を越えていったんですが、橋のワイヤーを使って自分たちで渡ったりもしてかなりのアドベンチャー。まるで映画のワンシーンのようでしたね。 ベースキャンプ(BC)は標高5,100m。そこにたどり着くまで約1週間。1人50kgの荷物を息を切らしながら2往復で運びました。途中で熊らしき足跡を見つけたりもしましたが、古いものだったので一安心することも。電波はまったくなく、ソーラーパネルで電気を節約しながら過ごし、天気はGarminのinReachで日本の知り合いから送られてくる情報のみ。限りあるものから自分たちで次の一歩を決めていきました。   山頂アタック — 苦しさの先に見えた景色 山頂へのアタックは1泊2日。テントは持たず、ツェルトのみ。1日目が約20時間、2日目が21時間の行動。しかもそれまで雲ひとつない晴天続きだったのに、初日に限って大雪に見舞われました。岩は雪で埋まり、踏み場がわからない。硬い氷河の斜度は45度以上で、アイゼンもほとんど刺さらない。10歩進むごとに全力疾走した後のように息が上がって。稜線が遠かった。ただただ苦しかった。 それでも、無酸素で登り切りました。山頂は思いのほか広く、どこまでも静かでした。光が薄く雪面に反射して、山々が淡く霞みながらもどこまでも続いている。けれど、その美しさを味わう余裕もないほど空気は薄く、身体の隅々まで疲労が染みていました。太陽は刻一刻と傾き始めている。「山頂に立った」という実感を胸に、戻ることも考えわずか10分で下山を開始。暗闇の中、ロープを頼りに一歩ずつ降りていく時間はまるで永遠のよう。それでも全員が無事に帰ってこられた —— 生きている。   “食”が支えた3週間 今回の遠征では、“食”が大きく支えてくれました。学生の頃から山行に行くたびに、ニキビができたり便秘なったりすることが多々ありました。しかし今回は3週間を通してずっと体調が良かったんです。 行動食はドライフルーツやナッツ、日本から持ち込んだ煎餅、そしてPOW...

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